常に何かに悩んでいる30代男のブログ

キーワード:仕事。電子工作。ゴルフ100切り(未達成)。空手。など。20代後半からブログを始めて30代になりました。その辺の人が暇なときにどんなことをしているか、何を考えているかなど参考になれば。

親になる前に子供だったころの記憶を書く2

前回の続き

親になる前に子供だったころの記憶を書く1 - せっかく時間が余っていたので色々やってる30代男のブログ ~何かの参考まで~

 

高校生からのこと書いていくか。

高校選びは偏差値でしか見ていなかった。

兄が受かったということと、偏差値的に問題無さそうであるという2点でしか選んでいなかった。

本当はもっと人気のあって楽しそうな高校に行ってみたかったが、それこそ偏差値が高く落ちることが怖かったので、その高校を選んだ。

このころから挑戦しない無難な選択をしていたんだな。

自分はうまくいくかいかないか分からないことはしたくないタイプで、

うまくいくという確信が持てるまで動かないタイプだ。

やりたいからやってみるというより、できるからやるということを選ぶタイプ。

だから、今でも心から楽しかったという記憶があまり無い。

何より、誰かと何かを一緒にやってもそれ自体が目的になっていないので、心から共感して楽しめなかったのかもしれない。

高校の部活はテニスを選んだが、これは中学時代の野球が集団スポーツで自分が努力しても勝てないことが嫌だったのと、大学生になったときにテニスサークルでウハウハできるからといった打算で選んだ。

テニス自体は嫌いではなかったが、そんなに好きではなかった。たしなみでやっている感じだったかな。ただ負けるのが嫌いだったのでレギュラーに一度なることはできた。

ただ、そこまでだった。大会で活躍したいとかはなかったな。

こういう打算と負けず嫌いだけだとあんまり楽しくないし続かないからオススメしない。

偏差値主義は視野が狭くてダメだね。

 

多少恋愛もしたが、メンヘラでかなり痛い目にあった。

ここで、メンヘラは実は精神的にかなりタフネスで人を利用するサイコパスだと気づいたので、それはけっこう大きかったかな。

幅広い価値観の人と触れあってこないこともあって、かなり狭い価値観で生きてきたと思う。

勉強さえ出来ていればいいみたいな価値観。

何が目的で、どこにゴールがあるか分かっていなかった。身近にそういった事を話せる大人がいなかったのもあるんだろうな。

 

とにかくモテたくてバンド活動みたいなこともやった。

元々そういった活動が盛んな高校だったが、高校で2番目に人気なバンドになっていた。

結局2番というのが俺らしいなって感じ。

別にバンドも好きで無く、手段としてやっていたからな。

活動自体が目的でやれるようになったのは本当に最近結婚してからくらいだろうな。

 

まあそんな感じ。

モテたくて、中身の無い活動をしていたって感じかな。

そもそも何故モテたかったのか。

活動するにしても何がゴールかとか目的なのかとか考えて行動すれば良かったなという後悔だな。

まあバンドは祭りみたいで楽しかったかな。

もう少し暴れたかったけどな。

 

親に対する不満としては、受験に対するプレッシャーを与えて欲しくなかったな。

あとはとりあえず小遣いだけくれてればいいやみたいな。

 

中学時代、まわりに勉強が出来る人がいなかったこともあり、

少し孤独な気持ちを味わったんだけど、

それで馬鹿っていいなってちょっと思ったわ。

なぜならテスト終わったあとに出来なかったことを皆で共有できるから。

出来ないことを共有できるのって楽しそうだなって思ってたわ。

 

高校に入って、それをできるとは思ってなかったわ。

思い出したけど、高校時代、ずっと下ネタしか言ってなかったな。

最近、高校時代の友達に会うとすごいまともになったねといわれる。

よっぽどひどかったんだと思う。

テニスのダブルスのパートナーのことずっとデカチンって呼んでたからな。

卒業した後にあのあだ名はひどかったって言われたわ。

あとは体臭がすごかったんだけど、あれはストレスから来るものだったんだと思う。

下ネタしか言わなかったのもストレスが原因なんだろうな。

 

親がとにかくピリピリしていて、常にキレていたイメージがある。

部屋をのぞきにきて勉強してるか言われたり。

勉強してるかのぞかれるのは本当に嫌だったな。

勉強するフリしてみたり。

 

結局、モチベーションをどうやって上げるかだな。

目的とかゴールを見せてあげるのが親の仕事なんだろうな。

無意識的にすり込んどくのがいいんだろな。

 

本当に高校時代を忘れ始めている。

バーミアンの会とか、修学旅行とか色々あったな。

 

大学受験が一番しんどかった。

兄が頭良かった分、コンプレックスに非常に悩まされた。

あとはお金持ちになりたくて仕方なかったな。

なぜなら、親がうるさかったから。

とにかく黙らせたかった。

偏差値主義の親は金か学歴で黙らせるしかなかったが、俺はそれが出来なかった。結局。

良い人と結婚すれば、そんなことは些細なことと分かるが、

そこに至るまでが大変過ぎた。

 

浪人時代のなんかの受験の日に引っ越しされたのはマジで最悪だったな。

あれは一生うらむわ。

あれは無いな。と今でも思う。

自分の子供が受験するタイミングではそういったことがないように最優先にしたいと思う。